b 自覚症絵シンボル_問診/医療者との対話

あなたは今どのような気分ですか。

体の具合はどうですか。

どこか具合の悪いところがあるなら、それはどのような感じですか? 

具合の悪さを言葉で書いたり、口で話したりできなくても、

描くことはできますか? 

自分の体の状態を、いろいろな角度から表現し、

正確に人に伝えることは、健康への 第一歩です。

自覚症シンボルは、あなたの表現力を高め、

コミュニケーションを支えます。

あなたも自覚症シンボルを活用して、医療者と対話してみませんか。

自覚症状を描く試み

ビデオ中の引用文献;

Moriyama M & Harnisch DL (1992) Visual and Verbal Interview Formats of Medical Symptoms;A Comparative Framework. Repository-PDF1564KB 

Moriyama M & Harnisch DL (1992) Visual Thesaurus of Symptoms. University of Illinois at Urbana-Champaign.  Repository-PDF2277KB




 電子情報通信学会技術研究報告 91(185)、83-90、1991

シンボルによる自覚症問診システムの試み

一聴覚障害者の社会適応促進を目指してー



守山正樹,松原伸一,河本定則,国友充康,遠藤晋介,坂田慎吾


あらまし  聴覚障害者の受療に関するコミュニケーションの阻害を改善するために、我々は言語に頼らず、絵/シンボルによる自覚症の表現を試みた。最初は手探りで作画を始めたが、連想と討論を繰り返しながら作画を進める過程で、自覚症を可視化するための経験則を整理できた。手話通訳者や聴覚障害者の協力の下に、試作した問診表を改良する過程において、聴覚障害者の社会適応に関して知見が得られた。
キーワード:  視聴覚教育 自覚症の可視化 特殊教育 社会教育 教材開発 健康教育 聴覚障害者 シンボル表現


1 研究の動機

 我々は自己の健康が損なわれた場合に、さまざまな形で体の異常を知覚し、それを言語で表現する(自覚症)。医療機関への受診者を医師が診察する場合、病気の診断に関して、最初の手がかりを与えてくれるのが自覚症である。しかし、自覚症を言語にする過程や、言語で表現された自覚症を理解する過程が機能しないと、医師と受診者とのコミュニケーションができなくなる。例えば、患者の聴覚が障害されている場合には、患者は医師が口頭で行なう問診を理解できない。自覚症に関する質問が言語で印刷してある問診表を用いたとしても、重度の障害者の場合には、質問の意味が理解できない。我々は本研究で、こうしたコミュニケーションの阻害の実態に即した支援の在り方を検討した

2 方法論的な枠組み

 聴覚障害者が医療を求める際のコミュニケーションを改善するためには、(1)「コミュニケーションのどの部分がどのように阻害されているか」といった問題点の分析と、(2)問題解決に向けての介入支援、の両者が必要である。(1)の分析的な立場からは、聴覚障害者における身体不調の認識の形態、聴覚障害者が医療機関を受診した際のコミュニケーションの実態、などを把握した上で、さらにコミュニケーションの改善に対する必要度の測定などが問題となろう。一方、(2)の問題解決の立場からは、具体的な支援方法の開発が問題となる。本研究の開始時点において、著者らは問題解決を優先させる立場から、まず(2)の立場を採用し、絵による自覚症の可視化・表現を試みた。

3 開発の過程と得られた知見

3.1 自由連想による最初の作画と、作画に関連した経験則の整理

 既存の漫画/劇画の分析からは、自覚症を可視化する手がかりが得られなかったため1)、著者らが自由連想で可視化・作図を試みた。描いた過程は以下のとおりである;1.まず自分で自覚症状を絵に描いてみる、2.絵のみを他の人に見せ、どんな症状に見えるかを言ってもらう、3.絵を描いた際の意図と、見え方が異なる場合には、その理由を教えてもらい絵を改良する。このような過程を経ながら著者らの内の2名が主体となって作画を進めた。2ヵ月の作画期間中、著者らは長崎県ろうあ福祉協会の方々3名(うち1名は手話通訳者、2名は聴覚障害者)と共に2時間程の検討会を3回実施し、持ち寄った絵のわかりやすさや改良すべき点について意見を交換した。その結果、30種類の自覚症が可視化された(第一版、絵による自覚症)。
 
 図1.絵による自覚症(第一版)

    自覚症の可視化・表現を進める過程で、以下の5つの経験則が得られた。

〔絵を描く際の一般事項〕

(1)できるだけ単純な絵にする。
(2)あまりに漫画的な表現はさける。
 顔や体を表現する際に、克明に描きすぎたり、必要以上に表情や動作を強調しすぎると、一部分に注意が集中して、全体の意味が伝わりにくくなる。簡略化した表現がわかりやすい。 

〔体の描き方〕

(3)まず顔の表情を描き、それによって症状の全体的なイメージを表現する。 
(4)症状が全身的なものか、局所に現局したものであるかを意識する。
(5)症状の連想を容易にするために、対処行動を簡単に描く。例えば痛い部分や苦しい部分に対応した手の位置など。

 〔絵の周辺〕

(6)症状の連想を容易にするために、周囲の状況を簡単に描く。例えば、消化器の不調と関連した症状に食卓の図を付け加えるなど。
(7)時間的経過の考慮。例えば、同じ行動の繰り返しを矢印で表すなど。


3.2 集団を対象とした絵の理解度調査

 幾つかの集団について、上述のような原則で描いた絵の実際のわかりやすさを調べた。保健看護学生の場合は講義時間中に、手話通訳者と聴覚障害者の場合は、ろうあ協会や手話研究会の会場において、図1を見てもらい、個別の絵が意味すると思うところを、言語で記入してもらった。言語表現が十分でない障害者の場合は、通訳者が手話を言語に翻訳した。

     表1.回答者の属性別にみた絵の理解
        *30枚の絵の中で意味を理解できた絵の枚数を示す。



    表2.個別の絵を理解した割合
       *その絵を理解できた者の割合(%)を示す。

 回答者の属性別に理解できた絵の数(平均値)を比較すると(表1)、学生群は28.0と高く、手話通訳者群と聴覚障害者(高文章力群)は25.5、25.6とほぽ同数であり、聴覚障害者(低文章力群)は16.6と低値を示した。 表2では、特定の何枚かの絵につき回答者の属性別に、その絵を理解した人の割合を示した。学生の理解は82%から100%と安定した高値を示すのに対し、他の群では理解度が絵によって大きく異なった。障害者の理解度が低い絵については、回答内容を考慮した上で絵の改善を試みた(3と14の絵の場合を例に示す)。

  この絵で「掻痒感(かゆい)」を表現しようとしたが、手と腰の位置関係から、「腰痛」との答えが多かった。そこで手を体の前面に移動させた。

  「吐きそう」を表現しようとしたが、「寒気がする」との答えが多かった。左肩の破線を消して震えのイメージを除き、更に手の位置を変えた。


3.3 重度障害者への面接と絵の改良

  30校の絵の中で数枚しか意味の了解ができなかった重度の障害者2名に面接し、手話通訳の助けを得て、どう解らなかったかを聞き取った。誤解の理由は以下の3点にまとめられる; 

(1)絵の細部への過度の注目;(例)7番の絵には食卓が登場するが、ここに過度に注目して「ハシを忘れた」と理解した。30番の絵は、視力検査で片目を被う棒が登場するが、これを鏡に見立て「イヒ粧する」と理解した。

(2)社会的経験の不足;(例)6番の絵にある縦型体重計を理解できなかった。長期休学のため、学校で身体計測を受たことがなかった。

(3)手話との混同;(例)「かゆい」の表現を意図して、頭、腹を手で掻いている絵を見せたところ「怒る(頭の場合)」、「悔しがる(腹の場合)」と手話的な解釈が現れた。 

  上記(1)、(2)の場合はいずれも3.1の経験則6(症状の連想を容易にする)に従って描いた周囲の状況が混乱の原因となっていたため、周囲の状況がなくても理解できる絵に変えた。また(3)については、手話的表現を一切避けるか、むしろ手話的表現をむしろ積極的に絵に取り込んでゆくか、二つの方向が考えられた。

3.4 コミュニケーション阻害の実態と絵の活用

    医療の場におけるコミュニケーション阻害の実態をさらに詳しく知ったうえで、30項目の絵による自覚症の活用方法を模索するために、聴覚障害者37名、手話サークル参加者(聴覚は正常)30名の方々との研修会を持った。聴覚障害者について、レスポンスアナライザーにより、病院受診の際に困った経験を持っているかを尋ねたところ、86%が経験ありと答えた。さらに実際に病院を受診する過程を四つ(①病院に行くまで、②受け付けにて、③診察室にて、④薬局・支払い)に分けて尋ねたところ、③の62%に対し、②40%、①28%、④28%と続いた。診察室内で医師と向き合った場合のコミュニケーションの阻害が大きいことは明らかであるが、それに加え、その前後の場面でもコミュニケーションの障害が認められる。この事実より、絵による自覚症の活用形態として以下の三つが考えられた;①問診表型;診察室内で医師が使う言語による問診表をそのまま図に置き換える、②カード型;受け付け、薬局、検査室などの場面で自由に使えるように主要な自覚症状をカード化する;③小冊子型;障害者自身が普段からそれに親しむことで自分の自覚症の表現力向上を図る、である。 

    コミュニケーションの障害の中身としては、これまで指摘されていた(1)自覚症の種類の表現に加えて、(2)個別の自覚症の性状に関連した表現(例えば痛みに関して、ヒリヒリ、ズキズキなどの擬態語、急性や慢性の経過)、および(3)複数の自覚症の順序性や構造に関連した表現、などに関しても困難さが指摘された。

3.5 自覚症を絵によって意識・学習するための小冊子の提案

    絵による自覚症の活用形態としていずれを選択するにしても、段階的に改良を重ねてゆくためには、でき上がった活用形態について、聴覚障害者自身を始め、聴覚障害者の医療に関連する多くの方々から意見を聞く必要がある。また絵の個別のわかりやすさから、活用形態自身についてまで、今後継続的に見直しと改良を進める必要がある。この作業を十分にしないままで完成された形にしてしまうと、それ以後の発展は望めない。そこで著者らは小冊子形式を採用し、障害者自身が“自覚症の絵による表現”に親しむ機会を増やすことを目指した。

    自覚症の可視化に親しむと共に、それを健康の系統的理解につなげるためには、絵を個別に示すだけでなく、絵と絵の相互関連を考慮した配列の構造化が必要となる。絵の構造化に関連して、参考にできるような過去の知見は見当らなかった。しかし絵の配列に関連して、以下のような三つの経験則が本研究の試行錯誤の過程で得られたため、我々はそれに沿って次頁以下に示す小冊子を試作した。

(1)正常から異常への経過の提示;自覚症の絵に加えて、それに至る前の正常な状態も図示することにより、意味が明瞭になる。

(2)対照的な自覚症の絵を対にして示すことで意味が明瞭になる(例えば「肥満」と「やせ」、「食欲こう進」と「食欲不振」の組み合せ等)。

(3)食事、排泄、運動など、日常生活における基本的な機能/活動を出発点として、それが障害された場合の自覚症を系統的に示す。

4 考察と今後の展望

4.1 問題解決を志向した、イメージの可視化

    方法論的枠組みで述べたごとく、著者らは本研究の開始時に二つの視点(①分析的な視点、②問題解決・手法開発の視点)のうちの②を採用し、自覚症の可視化を試みた。すなわち、問題点の分析がそれほど進んでいない段階で、問題解決を先行させたことになる。しかし問題解決を志向した手法開発の過程で、著者らは聴覚障害者、あるいはその支援の方々と対話を通し、コミュニケーションの阻害の実態に関連して、①の分析的な知見を得られるまでに、研究上の視野を拡大できた。視野拡大が可能になった背景としては、問題解決の具体的な目標とした「絵による自覚症」が、聴覚障害者やその関連の方々の間に研究への共感や参加を引き起こせる程、具体的で解りやすかったことが指摘できよう。

    我々はすでに、健康診断受診者における健康と関連した数値情報の認識の支援、あるいは教育現場で学習者の自己教育力養成の支援を志向して、手書き顔グラフ2)、および二次元イメージ拡散法3)を提案している。これらの試みにおける支援の対象は本研究とはまったく異なるが、研究過程における研究視野の推移に関しては、本研究とよく似た状況が現れ2)、研究の当初に採用した②問題解決の視点が、①問題分析・説明の視点へと拡大して行った。研究視野の発展的な拡大を可能にしたのは、「問題解決を志向した手法開発」の目標となった手書き顔グラフ、二次元イメージ拡散法が、いずれも本研究での絵による自覚症の場合と同様の以下のような特性を持っていたためと考えられる。

共通の特徴「具体的な問題解決を志向した手法開発を通し、自ら学ぶ環境の形成を行なう」

 (問題解決と手法利用との関連)

①問題解決の主体者が手法を利用する。
②問題解決の主体者は、手法を利用するだけでなく、自身が手法の改良、発展に寄与できる。

 (手法自体の特徴)

③自己意識形成を支援する。
④二次元平面上での作画、マッピングを通して、曖昧なイメージの具体的な可視化を行なう。
⑤シンプルで利用しやすい。
⑥自発的思考やマッピングのプロセスを大切にする。
⑦人と人とのコミュニケーションを活性化する。

4.2 経験則とその検証

    本研究では自覚症の可視化に関連して多くの経験則/作業仮説が得られた。これらはいずれも問題解決の過程で、その存在が強く示唆されたものである。しかし、我々はこれらの経験則/作業仮説を厳密に検証する程の余裕を持たなかった。これらの位置付けは今後の課題である。

4.3 絵による自覚症と手話

    3.3で問題とした絵と手話との関連もまだ答えが出ていない。絵が手話を補完するものと位置づけるなら、手話を絵に取り込むことで絵の意味がより明瞭になると考えられる。しかしすべての聴覚障害者が手話を理解するわけではない。手話を理解しない人々にとっては、手話を取り込むと、逆に混乱が増える可能性がある。

    絵を「(手話とは異なる)シンボル言語の体系」として位置付ける方向もありえよう。しかし我々はあくまで聴覚障害者におけるコミュニケーション阻害への具体的な問題解決を志向したのであって、それ自体で新たな学習を必要とするシンボル言語の創出は意図するところではない。絵による自覚症が、社会文化的な背景の異なる集団でも有効に機能するかは、今後の課題である。

謝辞

 我々が自由に研究を進められる環境を設定して下さった齋藤寛教授(長崎大学医学部衛生学教室主任)に深謝申し上げます。


文献

(1)守山正樹、松原伸一、他.聴覚障害者のための絵による問診表.日本教育工学会第6回大会予稿集、pp.279-280、1990
(2)守山正樹、松原伸一:対話からの地域保健活動、篠原出版、1991
(3)松原伸一、守山正樹、赤崎真弓.自己イメージ形成を支援するイメージマッピングの試み.信学技報、ET90-132、pp.87-92、1991

参考:略画シンボルによる健康チェック

はじめに この小冊子は、自覚症を略画で表す一つの試みです。私たちは、自分の健康がそこなわれたとき、さまざまな体の異常を体験します。これを言葉で表したのが自覚症です。私たちが病気になったとき、医師を受診し、自分の体の異常を訴えることができるのは、私たちが、その自覚症を表現できる言葉を持っているからです。しかし時とすると、自分の体の異常を言葉にするのが困難な場合があります。例えば、「言葉のしゃべれない外国に旅行したとき」、「耳が不自由なために、言語による自己表現が十分にできないとき」などです。このように、人が自己の体の異常を言葉で十分に表現できない場合にも、その異常をなんとか他者に説明できることを目指して、本冊子では自覚症を略画で表現しました。

lntroduction

 This booklet is to help you express your physical symptoms just pointing symbols and/or illustrations. You may be expected to tell your physician or anyone who are to help you orally what your problem is. You are not always able to do that with a certain accuracy because of your hearing difficulty, not knowing the language, having much pain, feeling too bad and/or other reasons. You find this booklet helpful in such situations.





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Masaki Moriyama,
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