長崎県S町での参加的講演、2000年
守山正樹.健康日本21に寄せて;住民の立場から作り上げる目標値とは?.
週刊保健衛生ニュース、No. 1083, pp10-14.、2000年
1、健康日本21の全体像
健康日本21は、多くの専門家によって生み出された。特に各論は9分野にわたり、目標値がほぼ60項目、指標はほぼ100項目を数える。これだけのものを、どのように理解したらよいだろうか。まず目標値を繰り返し読んで、全貌の把握を試みた。最初に読んだときは、数値に注意が向き、目標値相互の関連が見えにくくかったので、2回目からは数値よりも意味に着目して読み進めた。3回・4回目と読み続けるうちに、最初はバラバラであった目標値が、意識の中で相互に結び付き始める。この作業を続ける中で、「一群の目標値に関して、誰かがその人の立場から、各目標値の意味関連を、その人自身の言葉で語ってくれる状況」をイメージすると、理解が早まることに気づいた。
このようにしてさらに何回か目標値を読み解いて行った結果、目標値の全容がごく自然な形で頭の中に収まった。分野別の緻密さに差はあるものの、通分野的には、生活習慣病の予防に関連して、特に疫学的なリスクの観点から、それを低減することに重点を置いて生み出された包括的な体系であることがわかる。
2、地方計画作りで必須な住民の声を聞く作業
ではこの体系を前提としたうえで、それぞれの県や市町村が独自の地方計画を作るには、どうすればよいだろうか。まず考えられるのは、各論が成立した時と同様の過程をたどりながら、その地方に適合するように目標値を改訂することである。すでに上述した各論のモデルが存在するのであるから、例えば県内の専門家を招集して、分野別に検討会を持てば、その県の目標値作りは軌道に乗る。しかし地方計画作りは、その地方で地域/広域的に活躍する専門家に協力してもらうだけでは完結しない。最も直接的に当該地域のことを知っているのは、専門家ではなく、そこに実際に住んでいる住民である。それゆえに「健康増進に関連して地域住民の声を聞き、それを反映させたその地域らしい目標値を形づくり、既存の各論に付け加える」という作業が必要になる。
では、各地域で住民と出会い、「どのように健康になりたいのか?」と直接に問いかけたら、どのような発言が返ってくるだろうか。そのような発言を引き出し、それを育てて行けたら、住民の声に立脚した目標値を作ることも可能になる。健康日本21の総論を見ると、参考2には「働きかけない働きかけ方」として、このような参加的な接近法が紹介されている。そこで、参加的接近法を試みることにした。
3、参加的接近法を可能にする対話育成型質問系列Wify
普段、筆者は大学で授業をしているが、健康日本21に関わりを持つようになってから、時々、健康づくりに関連した講演を頼まれることがある。そのような住民と触れ合う場において、参加的接近法を実行するためには、住民に心を開いてもらう必要があり、それに相応しい率直な質問を用意しなければならない。幸い筆者の研究テーマの一つが「地域保健活動と対話」であり、手書き顔グラフを始めとして、対話を促進する方法論開発を進めていたため、その一つであるWifyを用いた。Wifyは、もともとは子どもたちの環境観(あるいはQOL)を子どもたちの視点から明らかにする対話育成型の質問系列であり、「無くなったら困る大切なものは何か?」という問いかけを基準質問として成立している。基準質問を英語で書くと「What is important for you?」であり、頭文字をとってWifyと名づけた。この質問を核として出来る以下の3質問が、Wifyで問いかける内容である。
Wify1;『朝起きてから夜寝るまでのあなたの1日を、思い起こしてください。そこで、なくなったら困る大切なものはなんですか?』
Wify2;『あなたが住む近隣、職場、地域を、思い起こしてください。そこで、なくなったら困る大切なものはなんですか?』
Wify3;『あなたの住んでいる県、日本の国全体、アジア・そして世界全体を思い浮かべてください。そこで、なくなったら困る大切なものはなんですか?』
4、S町の住民に対する参加的接近の事例
1)S町住民の生活における立脚点をWifyで探る
今年の8月21日、長崎県のS町から「住民の代表者に対して、健康日本21 を中心とする健康づくりの意義を話して欲しい」と講演依頼をもらったため、S町に出かけた。夜の7時半ころから参加者が集まり始め、講演開始の8時には80名程の参加者で公民館が一杯になった。最初の30分は健康日本21の意義について話したが、昼の農作業で疲れている参加者が多いためか、手ごたえが感じられない。そこでWifyの意義を説明したあと、Wifyの質問を開始した。質問に対して思い浮かんだことがあれば、記録/交流用紙に書きとめてもらいながら、意見が育つ様子を見守った。年齢によって意見に差があると判断されたため、出席者中、最も高齢である70歳台の人々(一人だけ83歳)、および40歳台前半の比較的若い人々の意見を、対比的に以下に示す。
最初に聞いたWify1は、当たり前の日常生活を問題としている。この段階では、質問するときも、特に健康を意識するわけではない。健康を理解する前提として、日常生活を考える、というのが、Wifyの出発点である。
Wify1;『朝起きてから夜寝るまでのあなたの1日を、思い起こしてください。そこで、なくなったら困る大切なものはなんですか?』
70歳台
≪仏壇、車、水、電気、食品≫
≪空気、目ざめ(健康)、水、食欲、電気≫
≪命、健康≫
≪食べ物、車、テレビ、家族、本 健康 風呂≫
≪運動、家族との対話、野菜作り、自家用車、宗教≫
≪電気、水、家族、食料、空気≫
≪夫婦の会話、仲間との触れ合い、他人に対しての思いやり、運動の機会、趣味の時間≫
≪5時半起床、6時朝食、田中廻り、みかんの手入れ、午後7時夕食・9時寝る≫
≪マイカー、テレビ、食料、地域の人、水≫
40歳台前半
≪水、トイレ、ご飯、きれいな空気、お風呂≫
≪電気、水、食料品、眠る時間、衣服≫
≪家族、仕事、食物、お金、車≫
≪子供、お金、友達、車、クーラー≫
≪家族 お金、食べ物、T.V.、水、住まい≫
≪食事(食物)(食べないと1日もたなーい)、職場の人々(友人)(しゃべるは楽し)、夫・子供(こりゃ、絶対!)、水・お茶(生きて行けぬー)、仕事(暇な1日はいや)≫
≪食べ物、家、衣類、電気、お金≫
≪食べ物、テレビ、電気、人、車≫
≪水、食事、電気、家、ペット≫
≪水、電気、食べ物、テレビ、お風呂≫
毎日の生活の中で、無くなったら困る大切なものは、多様である。ひとり一人の答えを読んでいると、その人らしさが徐々に浮かび上がってくる。ひとり一人が決して同じではないが、まったく異なるか、というと、共通点も認められる。例えば40歳台前半の住民は、水・建物・子供などをあげている人が多い。一方、70歳台の住民の捉え方は、本人の長い人生経験を反映してか、さらに個性的である。仏壇をあげる人がいる一方、マイカーをあげる人もいる。激しい時代の変化を受け止めて来た世代である、と判断される。
では、毎日の生活から、もう少し広く、近隣や地域までを視野に入れて思考を展開してもらったら、どうなるだろうか。
Wify2;『あなたが住む近隣、職場、地域を、思い起こしてください。そこで、なくなったら困る大切なものはなんですか?』
70歳台
≪交通機関、電話、病院、スーパー≫
≪近所付き合い、裏山のがけ崩れ、老人会やグループへの参加ができなくなる、家族が健康であること≫
≪家族中の健康、近隣との交流、人と人とのふれあい≫
≪電気 水、付き合い 子供たち、冷蔵庫、洗濯機 病院、友達 福祉施設≫
≪友達 病院、仏壇、畑、風景、山林≫
≪となり、人、店、農地、車≫
≪あいさつ、笑い、会話、同情、尊敬≫
≪新築13年、隣りが近い、職場が狭い、地域明るい良い≫
≪家族、近所の人、職場の人、地域の田畑、地域の自然≫
40歳台前半
≪家族、友達、信用、病院、スーパー≫
≪現在の仕事、車、お金、家族 親、現在住んでいる家≫
≪学校、対人関係、職場の人、組織、自然≫
≪ハウス、土地、畑、学校、消費者≫
≪病院、ストアー、車、ポリス、隣人≫
≪家族(おばあちゃん 夫・子)、友達(話し相手)、お金(生活できなーい)、お風呂(清潔)、いたわり・思いやり≫
≪職場 仕事、学校、病院、交通機関、商店≫
≪電話、車、水、道路、病院≫
≪車、友人、同僚、お金、思考力≫
≪お金、洗濯機、冷蔵庫、カギ、お店≫
回答者の視点が地域に向くことによって、その人の地域での生き方が見えてくる。“地域”といっても、70歳台の場合は“となり近所”、40歳台の場合はそれに“職場”が加わっている。“大切なこと”が、人と人とのつながりから浮かび上がってくる。ではさらに広く、日本の国や世界に視線を転じたら、何が大切だろうか?
Wify3;『あなたの住んでいる長崎県、日本の国全体、アジア・そして世界全体を思い浮かべてください。そこで、大切なことはなんですか?』
70歳台
≪行政府、医療研究機関、自然≫
≪農業後継者の減少で荒れた田畑が町で目立つこと、核兵器の使用、平和な世界、全国的にみられる少子化≫
≪自分の命 他人の命、≫
≪情報、原爆・・≫
≪平和、各国が各分野で交流を深める、経済を良くする、食料、医療≫
≪政府、経済、環境、仏教、医療≫
≪平和(争いの無い世界)、愛(郷土、国)、協力(助け合い)、住みよい環境、≫
≪食料、人々、産業、自然、≫
40歳台前半
≪自然、平和、コミュニケーション、燃料、世界中の健康≫
≪山、海 川、友人、仕事をする場所、情報≫
≪緑、平和、平等≫
≪飛行機、水、電気、通信、食料≫
≪平和 人の和、交通機関、通信、自然、食物≫
≪平和、緑~自然(山・川・草木) きれいな空気、食物、病院、≫
≪平和、言葉、ボランティア、電気通信 ネットワーク、≫
≪平和 飛行機、トイレ、お金、食べ物、友達≫
≪飛行機、平和、言葉、文化、マスメディア≫
≪言葉、車、家、病院、学校≫
平和なこと、平和な環境で農業が出来ること、それがS町の人々の願いであることが、よく分かる。
ここまでWifyの3質問について考えてもらった結果、それぞれの参加者の記録/交流用紙は、その人らしい言葉で埋め尽くされた。このような、個々の出席者の中にある、それぞれの思いが、互いに出会ったらどうなるであろうか。
周囲に書き終えた人がいたら、さしつかえない範囲で、書いたことを見せてもらい、意見の交換をするようお願いした。最初のうちは、参加者の間にとまどいが見られたが、そのうち会場のあちこちで、記録/交流用紙を前に話をする姿が、見られ始めた。普段、見過ごされていた生活環境の具体的な部分が、各出席者によって明らかにされ、互いの考えが出会う中で、様々な対話が生まれてきた。ひとり一人考えは異なるが、年台別に眺めると、同一年台での共通点もありそうである。農作業後の夜9時過ぎという時間にも関わらず、会場のあちこちで笑い声もあがり始めた。
2)S町住民の健康観
さて、日常生活から地域→日本の国→世界と視野が広がり、どの方向からも、暮らしが見え始めたところで、今度は個人の健康に関し、何を大切にしているかを質問した。
『特に自分の健康に関連して大切なこと、秘訣などがあれば教えてください』
70歳台
≪17年前に心筋梗塞を患い、心臓の冠状動脈を金属で、開いて血行をよくしているので、過激の労働を避けている。散歩≫
≪3度の食事をきちんととる。とくに野菜を。朝のラジオ体操の継続(3時も)。睡眠時間は6~8時間≫
≪食生活。休養≫
≪体重を減らす。運動をする。歩く。減塩。食事に注意≫
≪朝の新聞配達。歩いて1時間≫
≪働くこと≫
≪幸福な生活を義務づけられる≫
≪食生活に注意≫
≪常に健康診断しチェックする≫
40歳台前半
≪快食。快眠。適度な運動。くよくよしない≫
≪暴飲暴食に気をつける。睡眠を十分にとる≫
≪友達とのおしゃべり≫
≪自然食品で生活して、ストレスをためないように生活したい≫
≪くよくよしない。体を動かすこと。楽しく食事する。食べることに楽しみを見つける≫
≪大声、大口開けて笑うこと。皆でワイワイ、楽しく食べる。よーく眠ること。ストレスをためない≫
≪腹8分。ストレス発散≫
≪食生活を見直す。ストレスをためない。ウォーキングを続ける≫
≪食事、3食きちんと食べる。十分な睡眠をとる。友人とのおしゃべり。心地よい通じがある。心より笑える。家族とのだんらん。心地よい汗をかく≫
≪よく動いて太らないように気をつける。食べたいものは食べる≫
身の回りから世界へと視野が広がり、個人的な健康の秘訣についても考えがまとまった段階は、地域の健康増進を考えるときの出発点と言える。それでは、S町の人々は、S町の健康増進に関連して、何を大切だと考えるのだろうか? 健康日本21の趣旨についても説明を追加した上で、改めてS町のこれからを質問した。
『S町の健康を考えたときに、大切なことは何でしょうか。目標にしたいのは何でしょうか』
70歳台
≪心の「触れ合い」≫
≪自分の健康は自分で守る、と考えるように仕向ける。健康診断は進んで受けるという意識を高める≫
≪健康講座≫
≪食事に注意。食べ過ぎ。減塩。運動≫
≪自然を大切にすること(環境)。他人を大切にする心を育てること≫
≪ある村では働き過ぎだと思う≫
≪郷土の潤いがみられ、西海町に生を受けたことを誇りに思う。住み良い郷土≫
≪町の検診を受けること≫
≪健康診断に積極的に参加する。よりよい食事内容を知らせる≫
40歳台前半
≪安全な食べ物ときれいな海と、自然≫
≪現在の自然を残す。運動をする。コミュニケーションをとる≫
≪難しい!!≫
≪粗食、自然食を大切にして無理のない食事をする(食品にこだわらずに、食べられるものを食べる)。若者の健康をもっと重視して若年齢の健康に力を入れる≫
≪季節の野菜や魚を食べたり、食事に十分気を配って食事をとること。隣・近所、楽しく仲良く≫
≪一人ひとりが生きがいを持つ(趣味でもスポーツでも)≫
≪定期健診を受ける≫
≪自分の体を知る。楽しい家庭生活。近隣の声かけ。自分らしい生活ができる。生まれてから死ぬまで自宅で生活できる。近所の子供をしかることができる地域社会≫
≪運動をする。趣味を持つ。近隣と仲良くする≫
これまで町が力を入れてきた定期健診受診率の上昇や、減塩運動などを挙げた人もいた。
一方、人と人との、あるいは人と環境との“より良い関係”を挙げた人が多いことも、印象的であった。
5.住民の視点からの目標値
対話的接近で生活習慣を見つめると、その地域・集団が健康について求めていることが、自ずと見えてくる。では、住民の考えを育て、それに目標値的な表現を付与したら、どのようなものが出来るだろうか。S町の講演のときは、時間の関係でそこまで至れなかった。しかしその後、O県の技術職を中心とする方々に、“住民の立場からの健康増進”を考えていただいたときには、十分な時間が取れたため、Wifyの3質問の後にO県の地域性に関しても考察を深めることができ、目標値的な表現に至ることが出来た。その例を以下に示す。
・学校給食に地域の農産物を使う割合を増やす。
・温泉を楽しみ、ストレスをためない人の割合を増やす。
・新鮮・安全な食材を食べる人の割合を増やす。
・ご近所づきあいはお茶だけにして、毎月の休肝日を増やす。
・役割を持って社会参加している65歳以上の高齢者数を2倍に増やす。
・車椅子で外出できる人の数を2倍に増やす。
・星/月/空がきれいと思う人を増やす。
・健康野菜の販売所を増やす。
・かぼすを使った割しょうゆの使用者割合を増やす。
・豊かな自然を活かして世代交流のできるイベントの開催を増やす。
・何でも話せる人を一人は作る。
・障害があっても自分は健康であると感じている人の割合を、2割増やす。
・今日もいい一日だと思う人の割合を増やす。
・隣近所と交流を持てる人の割合を70%以上にする。
…・・
各分科会での多数の専門家の作業を通し、包括的な体系として生み出された健康日本21の各論/目標値を受けて、その地方計画を作る作業が全国で行われつつある。各地域で、どのようなその地域らしい目標が、今、新たにつけ加えられつつあるかは、とても興味深いことである。そのようにして地域と住民から健康に関する目標が育つことは、健康が文化になる過程での着実な一歩と考えられる。
引用文献;
守山正樹、他:参加・対話型環境認識調査法の開発.日衛誌、54(1):191, 1999.
http://www.med.fukuoka-u.ac.jp/p_health/index-j.htm |
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