d 無作為(ランダム)化比較対照試験

著者原稿未校正版; 本原稿は最後校正で字句が修正/短縮され、「日本健康教育学会誌、Vol.15、No.4、205-206、巻頭言」として、出版された。

 

ヘルスプロモーションにおける無作為化ランダム化)比較対照試験の意味

200711月7日

守山正樹(福岡大学医学部公衆衛生学教室)

無作為化(ランダム化)比較対照試験(RCTrandomized controlled trial)の手法で、対象者を無作為割付けにより、介入群と比較対照群に分けて行う評価は、ヘルスプロモーション・健康教育の分野でも、年々浸透しつつある。一方、著者自身は、参加的で質的な方法によるヘルスプロモーションの試みを、長年に渡って続けて来て おり、「ヘルスプロモーションの動的で複雑な過程をRCTのような単純に割り切った手法で解析することは困難だ」と考えていた。この長年親しんだ考えが、 突然に変わり始めたのは、昨年末からである。あるきっかけから、ヘルスプロモーションに加えて「食のリスク」に関する教育と評価を行うことになり、以来、無作為化( ランダム化)の面白さに魅せられている。

  最初に取り組んだ課題は、普通にヘルスプロモーションを行う場(例えば学校の教室)で、無作為(ランダム)な状況を無理なく発生させる方法論の確定である。“乱数表 を持ち込む”、“パソコンに乱数を発生させる”などの方式も考えたが、実験的な雰囲気が強くヘルスプロモーションには向かない。ジャンケンは親しみやすい が、生み出される状況は無作為とは言い難い。誰と誰が、どのような組み合わせで、どのようにジャンケンをしていくかの過程には、人為的な要素が入り込む。試行を重ねた結果、たどり着いたのが、教科書で確率の概念を学ぶ際に必ず出てくる「袋中で二色の玉をシャッフルし、袋に 手を突っ込んで、触れた玉を取り出す」方式であった。青と緑のビー玉を各五十個、および小袋を百円ショップで購入し、材料費三百円で「無作為化(ランダム)化装置」が 完成した。以来、出かける先々で、この方法による小規模のRCTを繰り返している。

  この試みを通して、「①ヘルスプロモーションの場で無作為な状況を作り出し、②各群に異なるヘルスプロモーションの働きかけを行い、③二群の比較から結 果を評価し、さらに④評価後の交流セッションで、自群とは異なる働きかけについても学ぶ」という流れが、ごく自然なことに感じられ始めた。当初意外だった のは、このような無作為化化の過程が、教室などの場において生み出す「一体これから何が起こるのだろうか」という期待と一抹の不安が入り混じった雰囲気で ある。「“これから展開するはずの現実”への期待感」とも言える雰囲気は、学ぶ楽しさにもつながることが分かってきた。改めて考えてみれば、複雑な現実の 世界において、ヘルスプロモーションやリスク教育に関連して、唯一絶対の方法論は存在しない。そのようなときに、意味のありそうな複数の方法を平行して実 施し、無作為な割付によって効果を比較することは、単一の方法を全員に割り付けるよりも、納得できる前向きの姿勢だと言える。

  一方、日常的にRCTを行うようになって以来、改めて「RCTの難しさが対照群の性格付けにある」と実感され始めた。教科書的に言えば、介入群に対し対照 群は“無介入放置”とすべきであろう。しかしヘルスプロモーションの試みを行う際に、対照群を“無介入放置”として意味があるのだろうか。学校などの場面 で“無介入放置”群に振り分けられたなら、自分がその立場にあれば、そのような処置に、反発や敵意を抱くことも有り得る。その場合“無介入放置”は、対照 群とはならず、むしろマイナスの働きかけとなることも心配される。無作為化の直後に、介入群と対照群を別室に誘導し、両群が完全に切り離される状況を作 り出せば、とりあえずは“無介入放置”がマイナスとなることを避けられよう。しかし、悩みはその後へと続く。

  RCTを行い始めて以来ほぼ1年、「対照群をどうするか」との問いに、著者はまだ確定的な答えを出せないでいる。しかし最近になって“介入の性格”が“対 照群の設定”と強い関連性を持つことが、実感され始めた。著者は「新たなヘルスプロモーションの方法による介入の効果」を評価する研究においては、対照群 は「通常の方法でHPを行う群」とすることが、意味があると考え始めている。またヘルスプロモーションの中でも特に“体験学習的な試みの評価”において は、体験群に対して、対照群には「その体験を援助/介助する役割」を割り振ること、を試み始めている。

  現実の世界を見ると、無作為(ランダム)で不確実な状況は、常に連続的に、発生している。この混沌の中で意味のある研究を行う際には、リサ・ランドールが最先端の理 論物理学を駆使して主張する“私たちの身近にある5次元宇宙の存在”も含め、ヒトと状況の存在を、これまで以上に柔軟に捉える必要があろう。日常的に RCTを行い、エビデンスを求め続けることが、ヘルスプロモーションの研究を活性化させることは間違いない。その上で、RCTでは扱えない、さらに複雑な 事象に挑み続ける方法として、質的研究の方法を洗練させることも同じかそれ以上に、重要な課題だと考えられる。

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