日本社会精神医学会雑誌
第6巻2号185-196, 1998年2月
噴火災害で被災した児童における
環境認識の構造的把握
社会・自然環境変化に対する
児童の視点を記述表現から探る試み
Environmental recognition of children of the victims in the volcanic disaster; reconstruction of children's unique viewpoints about natural and social environmental changes using their essays.
横尾美智代 守山正樹
Michiyo Yokoo, Masaki Moriyama
抄録: 突発的環境変化に対する児童の視点の構造的把握が本研究の目的である。 1991年に雲仙普賢岳の噴火で被災した児童64名(小学校2~4年生)が噴火の1年半後に執筆した記述表現(作文)を対象とした。2人の著者は児童の置かれた環境と執筆時の状況を予備調査から把握した上で記述を繰り返し読み,児童のオリジナルな表現を損なわない範囲で表現を文章のブロック,さらには名詞へと解体することを試みた。また解体されたものから,再度児童の思考の流れの骨格を再構成することを試みた。このような作業の結果,記述表現から211個の「形式・形態的文章のまとまり」が見いだされ,それらは14の環境・生活変化に関連した「状況」に分類できた。各「状況」の構成名詞(2938個)の分析から,6項目の「注目」が見出された。児童は,噴火活動そのものより身近な生活変化に多く注目していたことが示唆される。児童の環境認識に関連して高い個別性と具体性が観察された。
索引用語:自然災害,環境変化,児童の視点,記述表現,認識
はじめに
本研究で著者らが明らかにしたいのは,大規模自然災害下で児童がどのように環境をとらえているかという問題である。児童の場合は環境や健康に関連して,大人と異なったものの見方,考え方をすることが指摘されている2・12・13)。このようなものの見方,考え方の差は,調査が物理的,生理的側面に関連する内容である場合には,それほど問題にならないかもしれない。しかし,居住環境や社会・人間関係など,個別性の高い項目の場合は,
大人の側からは想像できないような児童の認識が存在している可能性も考えられる。本研究で問題とする突発的な噴火災害の影響は,これまでのわれわれの経験からは予測しがたいものであり,特に環境のストレスを受けやすい児童が,実際にどのようにものを見,考えているかは,児童の心と体の保健に関連して,大きな課題である。
しかし,児童のものの見方を大切にした災害研究はそれほど多くない。たとえ調査自体が児童を対象としていても,調査の枠組み自体は大人がデザインしたものがほとんどである3・5)。
そこで本研究では,噴火による環境変化を体験した児童の,自発的な記述表現を素材として,1)児童が注目している災害関連の生活・環境変化,2)環境や生活変化を体験する中での児童の視点の方向性,3)特異な環境下で,児童が視点を合わせていた具体的対象物(者)の特徴,という以上3点を取り上げて,児童が噴火災害をどのように捉えているかを特徴化し,ものを見る視点における児童らしさの枠組み(言い換えれば構造)を探ることを試みた。
対象および方法
研究の対象となった災害は,長崎県島原半島中央部に位置する雲仙普賢岳の噴火による火山災害である。この山は1792年(寛政4年)に最後の噴火をして以来,198年の間,火山活動を休止していたが,1990年11月に突然噴煙をあげ始め,その後約5年半の間,活発な火山活動を行い,山麓の町に家屋,田畑の流出などの被害を与えた。
この地域の児童が体験した突発的環境変化の概要を把握するために,噴火災害が集中していた島原半島東部において,被災地域の小学校長,養護教諭ら3名に,噴火発生直後の学校の状況,児童の様子,疾病の発生状況などについて,各人に1時間~1時間半の聞き取りを行い,情報を収集した。
中でも長崎県南高来郡深江町は,甚大な被害を受けた地域の1つである。雲仙普賢岳のふもとに広がるこの町は,人口約8000人で農業を主要な産業としている。町内には3つの小学校と1つの中学校があり,噴火が最も激しかった1991年の一時期には町内の全小中学校が1校に避難し,共同で学校生活を行ったこともあった8)。
本研究では,その中のO小学校で編纂された被災体験文集から,1991年に2~4年生だった児童64名(男子31名,女子33名)が書いた記述表現(作文)を研究対象とした4)。対象となった児童は学校の焼失,避難生活など比較的多くの共通した被災体験を有する集団であり,校区内の環境変化も他の小学校区と比較すると共通性が高い地域である。 64名の児童は作文を書いた前年(1990年当時1~3年生)の6月から被災・避難生活を体験していた。

本研究において目指したのは,児童自らが執筆した記述表現をもとに,そこから「児童の視点」を見いだすことである。まず,執筆当時の状況を教師から聞き取ったところ,教師は「普賢岳が噴火してからみんなのまわりでいろいろなことがあったね。その中で特に心に残った出来事や体験を書いてごらん」と児童の注意を噴火による環境・生活の変化に向けさせた後,図1の左端に示したような10個の手がかりを板書するか,口頭で述べていた。このような指示を受けとめた子供たちはその10個の手がかりのいくつかに注意を集中し,イメージ化と文章化を進めたと考えられる。この過程を図1の左から2段目に示した。このような児童の執筆過程を念頭においたうえで,著者らは児童の記述表現を読む作業を開始した。
まず最初に個々の記述表現の構成に着目し,文法的な手がかりを参考にして,「形式的な文章のまとまり」を見いだす作業を行った。得られた「形式的な文章のまとまり」に対して,今度は記述表現作成時の教師の指示,著者らの予備調査結果,児童自身が作文につけた題名などを判断材料に,意味を考え分類を進めた。作業は2人の著者が個別に行うことで客観性を高めた。「形式的な文章のまとまり」の把握については2人の著者の結果が一致し,また各まとまりが児童の環境・生活変化に関連した何らかの「状況」を意味することについても判断がほぼ一致した。さらに個別の「状況」下で,児童が印象深くとらえていたことがらが何であるかを実証的に探るため,名詞に着目し,「状況」をその構成名詞へと分解した上で分析を進めた。分析の実例を図1右側に示した。
本研究は児童の認識や体験について,本人の記述を大切にした状態で,その印象の焦点を観察することを目的としているため,特定品詞の抽出方法に文法的厳密性を置いていない。たとえば「いろいろな物」のように,児童が対象(物)を説明するために必要とした修飾部分(いろいろな)や「あぜつのおばあちゃんのいえ」のように1つの対象を説明するための複合語は,一名詞部分として抽出した。そのため本研究においては,複数の文節からなる形容詞などを含む名詞部分についても分類上「名詞」として位置づけを行った。なお「わたし」「ぼく」に代表される代名詞に相当する部分は,単独使用においては記述中で特別な働きをもたない場合が多いことから除外した。
結果

噴火後に発生した環境変化の中で,対象児童に関連のある出来事を図2によって時系列的に整理した。噴火災害体験文集の発刊時期(1993年3月)より約1年半前(1991年6月)に大規模な火砕流が発生し,その直後はほとんどの児童が避難生活を体験していた。避難生活の長期化に伴い児童の仮転校がみられたが,通学バスの整備や新学期の開始(1991年8月1日),仮設 住宅の建設とともに徐々に帰校してきた。自宅へ戻ることが可能になった児童がいる反面,長期にわたる仮設住宅での生活を経験した児童や代替地への転居を余 儀なくされた児童もいた。記述表現の執筆が行われた時期(1992年後半)の町の様子は,前年と比較して火砕流の発生数は減少していたもめの,降灰は慢性 化し,風向きや天候によっては連日のように灰が降り続いていた。授業は依然として仮設校舎で行われており,仮設住宅から通学する児童も過半数を占め,また登下校時にはゴーグルなどの防塵具を着用していた。
64人の児童の各記述表現を文章の形式に着目して分析した結果,1編中に,最も多い児童で10個,少ない児童で1個の「形式的な文章のまとまり」が見いだされた。この形式的な文章のまとまりがどのような具体的意味づけに対応しているかを,図1右に示したような流れで判断した結果,児童の環境・生活変化に関連した「状況」14項目(“その他”を含めると15項目)が得られた(表1)。出現の多い順に見ていくと,〈短期集団避難〉が最も多く(28名13.3%),次いで<短期自主避難〉(27名12.8%),<火砕流〉(24名11.4%),〈仮設学校〉(18名8.5%)であった。<学校の焼失〉は対象児童全員に関係のある環境の変化であったが,取り上げた児童は7名(3.3%)にとどまった。
*:複数の記述を行っている児童が多いため,調査対象人数とは一致しない。# :それぞれの分析による上位4項目。 A):大火砕流あるいは土石流発生直後に町内,近隣の公共施設への避難。 B):1991年6月の大火砕流発生により自宅での生活が困難になった世帯が親戚,知人 宅等へ避難した。避難先,避難人員,避難期間(数日~数十ヵ月)は各世帯で異なる。 C):本校舎が1991年6月より立入禁止,9月には火砕流の直撃を受け焼失したため,町民センター,隣接小学校校庭,現在地のプレハプ仮設校舎へと移転した。 D):長期化する避難生活に対応するため,自治体が近隣の温泉地の旅館群を借り上げ,一定期間を被災者に提供した。 E):自宅および周辺の立ち入りが禁止あるいは制限された世帯,および家屋が焼失した世帯が入居した。 F):噴火災害後,町外の親戚宅等へ避難した児童は最寄りの小学校へ一時的に転校した。 G):噴火災害により家屋を失った世帯が入居した。
それぞれの「状況」の記述の多さを観察するために,使用されている名詞ののべ数を取り上げた。状況別ののべ数と割合を表1の右半分に示す。結果,総数で2938個の名詞が確認された。 1編あたり最も多い児童で86個,少ない児童で20個の名詞の使用が認められた。名詞数が多くみられた「状況」は,避難生活に関連するものであった。<短期自主避難〉<短期集団避難〉は記述人数,見いだされた名詞数ともに,他の状況より多かった。逆に<旅館への疎開〉は,記述人数は14名(6.6%)と,決して多くはないが,得られた名詞数は396個にのぼった。これは<旅館への疎開〉に関する1人当たりの記述量の多さを反映しているものと考えられる。火山活動に直接関連した事項でありながら<火砕流〉は記述人数,名詞数ともに比較的高値を示したが,<降灰〉は低値であった。また,<仮設学校〉<仮転校先〉など学校生活に関する状況が認められたことから,児童は被災の混乱時においても,学校生活に強い印象を持っていたことが示唆された。
さて,ここまでの分析の流れを振り返ると,児童の視点を探るために,素材としては児童自身の記述表現(作文)を用い,また分析の外枠としては14項目の「状況」に着目してきた。しかしこの「状況」は,すでに述べたごとく作文執筆時に児童が教師から提示された手がかりに起因しており,これを児童自身の固有の視点と見なすことには多少無理がある。そこで「状況」という外枠での把握に留まらずに,各記述表現を名詞へと解体して児童の表現に直接ふれる方向で分析を進めた。記述表現を名詞レベルにまで解体すると,確かに児童の表現に直接触れることはできるが,2938個にのぼる名詞をそのまま取り扱ったのでは,今度は多様性が大きすぎて分析が進めにくい。しかし14項目の「状況」に戻ってしまったのではせっかく見え始めた児童自身の表現を見失ってしまうことになる。そこで,特定の「状況」を文章化しようとした各児童が,その時にどのような具体的な事物に目を向けたかを,その児童が採用した名詞から判断し,その判断を集約する作業を試行錯誤的に行った。その結果14項目の「状況」とは異質の分類項目として,《場所》《山》《人》《遊び》《日常生活》《時間》の6項目からなる「注目(~への)」が得られた。
得られた6項目の「注目」は,児童の記述表現の名詞レベルヘの解体と再構成によって得られた新たな分類結果である。「状況」が全噴火災害期間を通して児童が体験した生活の場面を表すのに対して,「注目」はそれぞれの場面において,児童が実際に注いでいた視点の方向性や対象への関心を表すと考えられる。そこで児童の視点と行動を理解する上で重要ないくつかの「状況」と「注目」の組み合わせについて分析を進めた。
まずとりあげた状況は,噴火そのものに関係する<火砕流〉と,児童自身に関係する<短期自主避難〉<旅館への疎開〉である。さらに学校生活の特徴が現れている<仮設学校〉についてもとりあげ,以上4つの「状況」について,それぞれの「注目」を示した(図3)。“けむり”“くろいくも”などに代表される《山》への注目は<火砕流〉においては全体の30%を超えていたが,他の「状況」ではいずれも5%未満という低い割合であった。《場所》への注目が高い割合を示していたのは,<短期自主避難〉<仮設学校〉であり,それぞれ33.2%,28.7%であった。<仮設学校〉は町民センターから他校校庭のプレハブ校舎,現在の仮設校舎へと1年間で3回の移転を行っている。<短期自主避難〉も複数の避難場所へ移動したケースが確認されていることから,《場所》に注目した児童が多かったと思われる。《時間》への注目はいずれの項目においても10%前後の割合で共通して出現している。これは図3に挙げた4つの状況以外の群においても,ほぼ同程度の割合を示した。また,《遊び》への注目は〈短期自主避難〉<旅館への疎開〉では10%以上の割合で見られたが<火砕流〉<仮設学校〉の場合は5%未満であった。これは<短期自主避難〉<旅館への疎開〉が1991年の夏休みを中心とした時期に発生した状況であったため,他の状況と比較すると,相対的に遊びの種類,活動時間が豊富であり,それが印象の強さにつながったと思われる。
<仮設学校〉においては30%以上に《日常生活》への注目がみられたが,この場合の《日常生活》の内容は他の状況とは多少異なり,学校生活における授業の内容が中心であった。
<短期自主避難〉<旅館への疎開〉の2つの状況を比較すると,〈山》《人》《遊び》《時間》への注目は,類似した割合を示している。しかし,大きく異なる点は《場所》と《日常生活》への注目である。<旅館への疎開〉に比べると複数地点への移動が見られる〈短期自主避難〉は《場所》への注目が多い。逆に,食事やそうじ,買い物などの《日常生活》への注目は<短期自主避難〉が13%であるのに対し,<旅館への疎開〉は26.5%であった。
<旅館への疎開〉において,《日常生活》への注目が多くみられたことは,生活環境変化による新鮮さだけで説明することは難しい。突然の噴火,降灰,避難生活という混乱した非日常的生活が続く中で,被害のない温泉地へ家族で移動し,しばし災害とは切り離された日常を取り戻したことに強い印象があったと思われる。加えて,“ごちそう”や“ひろいおふろ”などポジティブな要素を持つ空間での生活体験が,日常的要素への視点を多く持つ原因となったと推察する。
以上の結果から,4つの状況下における児童の6項目にわたる「注目(~への)」の在り方が明らかになった。そこで,次にこの6項目の「注目」が具体的にどのような対象にむけられていたかについて,児童の記述表現にもどってさらに分析を進めた。

図3で取り上げた4つの「状況」について,それぞれの「注目」の具体的内容を表2に示した。6項目の注目(《場所》《山》《人》《遊び》《日常生活》《時間》)に含まれる具体的内容のうち,《場所》に間するものには“いえ”“りょかん”“かせつの学校”など自分が生活している場所に該当する名詞が中心であり,具体的な親戚関係や特定の意味を持つ地名(“ありえのじいちやんの家”など)が用いられている場合も多くみられた。《山》の場合は6項目のいずれにおいても“ふげんだけ”“かさいりゆう”という名詞が多かった。《人》《遊び》《日常生活〉《時間》への注目については,各項目ごとに,上位にあげられた具体的内容および出現個数,合計数,項目全体に占める割合を示した。ただし,児童の記述表現においては,同一の対象を示す際に,表現が異なる場合がある。たとえば,“ばんごはん”と“よるごはん”,“じぷんの家”と“わたしの家”など類似性の高い名詞,同義語は複数にカウントしたが,その他の名詞はできるだけ児童自身の表現を尊重した。
《人》への注目の具体的内容は,表示した4つの状況に共通して“さちこねえちゃん”“かずひろ”くんに代表されるような個人名,あるいはいとこや叔母など,自分との関係を表記し,対象者を特定していた。《遊び》について観察すると,降灰や火砕流の影響から逃れた<短期自主避難〉<旅館への疎開〉においては,動物や散歩,プールなど屋外での遊びに関する内容が中心であったが,他の状況下ではその傾向は認められなかった。《日常生活〉の場合,<仮設学校〉では“通学バス”、授業科目や教具(タイル)など学校生活に関連する内容があげられた。他の3つの状況においては,“ごはん”など家事に間することが多く認められた。<火砕流〉の場合は“でんわ”“でんき”や“音”“いのち”など緊迫した状況を表す内容がみられたが,<旅館への疎開〉には緊張感を帯びた具体的内容は認められなかった。《時間》は<火砕流〉において6割以上が具体的日付による表現であった。特に“6月3日”“9月15日”に視点が集中していた。これはいずれも大火砕流の発生口であり,前者は40名以上の死者を出した日,後者は火砕流により学校施設が全焼した日付である。<短期自主避難〉<旅館への疎開〉は,夏休みを中心に実施されたため“なつやすみ”という表現が多かった。また“まいにち”という名詞が多用されていたことから,避難生活の長期化,日常化への視点の存在が推測された。<仮設学校〉の場合は“なつやすみ”の他に,“2がっき”“3がっき”という学校生活における節目を示す語句,“8月1日”という1991年度の変則的な新学期の開始日に注目していた児童が認められた。
しかしながら,表2中において上位にあげられた具体的内容の出現個数が各「注目」の合計数に占める割合は決して高くはない。たとえば,<短期自主避難〉の《日常生活》においては,全部で54個の名詞が得られた。表示している名詞(“仕事”“電話”‥・“ラジオたいそう”)24個は,複数の記述があった名詞である。残り30個の名詞は“まんじゅう”“おはかまいり”“せんたくもの”など,すべてが異なる名詞であり,1回のみ記述された ものであった。これは他の「状況」においても同様であり,“ピックリマンシール”“犬のチェリー”“夕日”“エレペーター”“たばこの葉”など,児童の視点は6つの「注目」下で,多種多様な具体的 内容に向けられていた。このことから,記述表現における児童の視点の強い個別性も示唆された。
考察
1.これまでの研究との関わり
本研究では,環境と児童の関係について従来の社会医学とは異なる方法を用いて,児童の記述表現を分析し,突発的環境変化に対する児童の認識を探ることを試みた。調査対象者に直接アプローチし,その表現を大切にする研究スタイルは,これまで学校保健の分野でわずかに試みられており6,7,11),また児童の記述表現を材料とする研究方法は,社会医学以外の分野に目を転じれば,たとえば発達心理学の分野で見ることができる1,14,15)。しかしながら,児童の環境認識の実際を探るための研究方法として,児童自身の記述表現を用いた研究は,我が国ではいずれの研究分野においてもほとんど前例がない。被災児童を対象とした質問紙調査や,被災学生の精神面の影響を探る研究10,16),被災児童への聞き取りや児童の絵画を診断や評価に活用した研究9)は見られるが,被災体験の記述表現を素材とした研究方法は少ない。
2.本研究の方法論的特徴
筆者らは児童がどのような被災体験に印象を持っていたか,何に視点を向けて記述しているかという課題を念頭において研究を進めた。児童は教師から図1の左端に表したような手がかり(テーマ)の提示を受けて記述表現を行ったわけであるが,テーマ選択にあたっては児童の自由意志が尊重された。児童における全体の思考過程はブラックボックスであるが,著者らはそこに図1の中央に例示した各作業過程の存在を推測している。児童は各過程で徐々に明確になっていった「被災体験の中で特に印象深い出来事」を,記述表現として表出したと考えられる。この「記述表現」を研究対象として,文章の形式的なまとまりとその中の名詞に注目した分析を進めた結果,記述表現を理解するための座標軸に相当するものとして,14項目の「状況」と6項目の「注目」が得られた。研究の当初,個別の記述表現の中に内在していると考えられた児童らしいものの見方・考え方が,「状況」と「注目」とで構成されるマトリクスと,マトリクス中の個別の点を構成する名詞の集合として,明示的に捉えられたことになる。こうして捉えられた児童に特徴的なものの見方の特徴は,“身近なものの多様で個別的な認識”と総括されよう。
本研究の過程で著者らが採用した児童の思考過程研究の方法論や,それによる分析から得られた結果(マトリクス)は,0小学校の児童64名という限定された小集団の作文分析から得られたものであり,「ここでの方法論や得られた結果が他の集団や状況にも当てはまるか」といった外的妥当性を確認する作業は,今後の課題である。特に噴火災害の被災児童を対象とした本研究の知見を他の被災集団に普遍化しようと試みる際には,近年の日本を襲った様々な自然災害下における児童の環境認識に注目した記述表現の収集と,それに基づいた実証的な研究が早急に必要とされよう。
3.研究の内的妥当性の検討および今後の課題

一方,「本研究の知見は,噴火災害下におけるO小学校の児童の環境認識の細部をどこまで実証的に捉えているか」という研究の内的妥当性に関しても,今後さらに研究が必要なことは言うまでもない。 14項目の「状況」と6項目の「注目」からなるマトリクスは,その中に形式的には84個(14×6)の組み合わせを含んでいるが,本論文ではその組み合わせのいくつかに焦点を絞り,結果の後半部において,名詞の使われ方を簡単に整理した。84個の組み合わせすべてを視野に入れたうえで,それぞれの組み合わせにおける名詞の使用を確認し,個別の名詞の分析から得られる知見が相互に意味上の整合性を示すかを,他の観察結果(著者らが補助的に行ってきた聞き取り調査など)から確認できれば,内的な妥当性はより確かなものになろう。このすべてについて検証を進めるのは著者らに課せられた今後の課題であるが,以下では児童にとって特に重要と判断される“親”と“遊び”に焦点を絞って,予備的に内的妥当性を検討した。たとえば「状況」別に“父親”“母親”それぞれの出現数を観察してみると(図4),<短期自主避難〉<緊急避難の過程〉では,“父親”“母親”ともに高い出現を示していたが,<短期集団避難〉<旅館への疎開〉<仮設住宅〉などは“母親”の出現が多<認められた。一方,<家の焼失〉においては,“父親”の出現割合が高かった。これらの知見は,著者らが本研究において教師や児童に口頭で確認できた事実と整合する。すなわち,“母親”の出現が多かった項目に間しては,母親と共有した時間の多さが指摘される。逆に〈家の焼失〉において,“父親”の出現割合が高かったことは,焼失した家を確認するために,立ち入り禁止区域へ出かけたのが専ら“父親”であり,<家の焼失〉に伴う様々な手続きを行ったのも“父親”が中心であった事実をよく説明している。一方,遊びについて整理してみると,〈遊び》への「注目」は,「状況」を表す14項目のうち13項目に認められ,噴火災害という混乱した社会・生活環境下においても,《遊び》が大きな役割を果たすことが確認された。各「状況」における《遊び》に対する「注目」の割合を,上位,下位それぞれ5項目ずつ取り上げて観察した結果を図5に示す。<学校の焼失〉に関連してなぜ《遊び》が出現するのかを,児童への聞き取りの結果と照らし合わせると,遊びの体験に由来する印象より,環境・生活変化の結果として不可能になった遊びや,焼失した遊び道具への思い出に視点が集中した事実が指摘される。構成名詞の3分の1以上を遊びが占めていた<県営住宅・新居〉は,災害で自宅を失った児童が,転居後の新しい環境で行っている遊びの具体的内容が中心であった。また<仮設住宅〉<短期自主避難〉など混乱した状況下においても,《遊び》への視点が多く見られた。児童や教師への聞き取りの結果からは,混乱した状況下においても,児童はポジティブな体験(いろいろな楽しいことがあった)に視点を向けることができることが示唆されている。一方,<残留校〉<仮転校先〉という学校に関連する状況において,《遊び》の出現が低い割合を示していた。通常の学校生活とは異なった環境,限られた人員構成による遊びは,印象が希薄であったと考えられる。ここで試みたような内的妥当性の検討をさらに先に進めるためには,児童と児童を取り巻く環境について,事例に即した総合的な情報が必要になろう。今後に残された課題と考えられる。
謝辞:稿を終えるにあたり,本研究にご協力頂きました長崎県南高来郡深江町立大野木場小学校児童および教職員のみなさん,長崎県教育委員会島原教育事務所(元大野木場小学校校長)高柳忠昭先生,有明町在住の郷土文学研究家杉本陽子氏,島原市役所災害復興課平尾明氏に感謝いたします。また児童の作文に注意を向けるきっかけを作って下さった大阪大学人間科学部(元長崎大学教育学部)小野田正利助教授に感謝いたします。最後に,研究計画の段階より終始暖かいご理解とはげましを賜りました長崎大学医学部衛生学教室斎藤寛教授に心から感謝の意を表します。
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Michiyo Yokoo and Masaki Moriyama