福岡市のヘルスプロモーション

守山正樹.福岡市における今後のヘルスプロモーション、福岡市健康づくり財団設立15周年記念誌。pp.26-27.福岡市健康づくり財団、2010

福岡市における今後のヘルスプロモーション
(最終校正前原稿)
守山正樹 

 1970年代に博多で始まった「健康づくり革命」から福岡市健康づくり財団の現在(設立15周年目)に至るまで、福岡市は、わが国の健康づくり、ヘルスプロモーションにおいて、先進的な役割を果たして来た。健康づくりを進める際の「自転車エルゴメーター」などの工夫、「ニコニコペース」など運動のあり方を捉える新たな概念、「健康づくり情報システム」などのネットワーク、「ヘルスプロモーションふくおか21」のような新プロジェクト、「健康度診断」という前向きの診断手法、「スニーカーの似合う街」という斬新なキャッチフレーズ、春風ウォークから始まる革新的なウォーキングイベント、健康づくり中核施設「あいれふ」の開所、参加的なヘルスプロモーションの「健康日本21福岡市計画」など、この30余年の間に、福岡市から生まれた健康づくりの発想や方法は、福岡市に留まらず、日本の健康づくりを支える知的資産となっている。 

 では、これらの資産を今後に生かす際、何が大切だろうか。特に考慮すべきは、健康都市やヘルスプロモーションの考え方が、「ウォーキングや食など、人の生理機能を介して、人が健康になる」という医学的な概念だけでなく、「市民参加や分野を超えた連携を介して、人々や社会がより健康な、よりウェルビーイングな存在になる」という社会・文化的な概念を、含んでいることである。二つの概念のうち、前者は、個人の衣食住に直結しており、分かりやすいが、後者は、人々や社会に関連し、どちらかと言うと観念的で分かりにくい、とされて来た。

 今後の方向性として、医学的な分かりやすさを重視するなら、まず考えられるのは、市民の生活習慣をさらに健康な方向に向かわせるべく、「あいれふ」が健康づくりの研究センター的な役割を強めていくことである。既にウォーキングや食事を中心に形成されて来た様々な手法や、それを支える調査研究力は、福岡市の健康づくりの知的資産の核(DNA)と言えるものであり、他のどの都市にも真似が出来ないものである。ヘルスプロモーションの一型である健康日本21に立脚しながら、メタボリックシンドロームの制圧に向い、予防医学的な色彩を強めつつある「国の健康づくり政策」の方向性を考えるなら、「あいれふ」が、その先を行くのは、当然のことだ。

 もう一つの方向性として、健康文化やネットワーク構築の原点に立ち返ること、が挙げられる。この方向性も、福岡市の健康づくりのDNAであることは、言うまでもない。1990年に福岡市が策定した「ヘルスプロモーションふくおか21」、キャッチフレーズ「スニーカーの似合う街」、そして現れた名コピー「一人で歩けば思索が深まり、二人で歩けば恋が生まれ、みんなで歩けば会話がはずむ」は、この二番目の方向性を代表している。

 しかし、日本がバブル経済に沸き、人々にも社会にも活力があった20世紀末に比較して、少子化/高齢化が進行する一方で、それまでの家庭や地域社会や産業社会が解体され、社会の個人化が進む21世紀の現状を振り返るなら、過去のDNAを大切にした上で、さらに深く、人と社会が、健康に、ウェルビーイングになるとはどういうことかを掘り下げる必要がある。この際に重要なのは、「人々が動く」、「社会が動く」という現象を、「研究することも制御することも困難である複雑な事象」と捉えずに、個人の生活に立脚しながら、実証的に考えていくことであろう。

 かの名コピーから出発して考えてみる。「思索が深まる」とは、何を、どのように感じ、何をどのように考えることだろうか。「二人で歩く」際に、何が、どのように生まれてくるだろうか。「みんなで歩く」際に、どのような場やコミュニケーションが生まれるだろうか。「みんなで歩く」ような心や感性を育てるための環境や、働きかけは、何だろうか。かの名コピーの中には、まだ科学的な解明がなされていない多くの課題、狭い意味での「健康」の概念を超えた課題、が潜んでいる。これらの課題は医学/生理学的な接近だけでは解決が困難である。福岡市の知的資産・DNAを、21世紀にどのように展開するかにつき、予防医学の世界から外に出て、新たな工夫が必要とされる。健康や文化や人間性などの課題に、領域を超えてチャレンジすることが求められる。これまで「健康とは直接には関連しない」と考えられていた領域との連携も必要になる。「健康」という言葉が足をひっぱるのであれば、「健康」を「ウェルビーイング」に置き換えたらどうだろうか。市民に働きかけ、ネットワークを創ろうとしているのは、健康の領域だけではない。この福岡市で、市民に対して活動している他の組織からも、学ぶところが多いだろう。 

 組織の活動を知る上で、役立つ入口の一つがホームページ(HP)である。市民の市民による自発的な働きかけ、と言うと、直ぐに思い浮かぶのが、ボランティア活動である。たとえば福岡市社会福祉協議会が運営している福岡市ボランティアセンターのHPを見ると、目次の4番目はボランティア登録、5番目はボランティアグループの紹介、9番目は福祉教育の取り組み、である。ホームページを目にする人が、すぐにボランティアとして、自分自身のためだけでなく、他の人のために動きだせるような項目が並んでいる。福祉教育は、健康教育よりも、他者の立場に配慮する発想を色濃く持っている。福祉教育の発想で、健康教育を組み立て直したらどうだろうか。「自分のために何かをする」だけでなく、「他の人のために何かをする」という発想を、健康づくりセンターの活動に取り入れ、健康に関連して、市民が自ら動き、交流し、その輪が広がることを、健康づくりセンターとして、第一線で支援できないだろうか。

 「健康文化の”文化”を強調するなら、美術館にも、学ぶものがあるかもしれない」、と思いついて、福岡アジア美術館のHPを覗いた。まず英語か日本語か、の選択肢が現れ、国際化を感じさせられる。日本語を選ぶと、展覧会/イベント案内、レジデンス事業、トリエンナーレなどの項目がある。展覧会は分かるが、他のカタカナ語は、何を意味するのだろうか。読み進めてみると、美術館を中心に、多様な交流が行われていることが分かる。アジア各地の美術品を展示するだけでなく、アジア各地の美術家・芸術家を福岡に招き(或いは、こちらから出向き)、美術館内だけでなく、市内の学校などで、協力して作品を製作するワークショップを行ったり、街頭でインスタレーションを行っている。一つの作品から、人の輪が生まれ、あらたな感性や作品が生み出され、さらに多くの人々の心と感性を揺り動かす。常設展は美術館活動の一部でしかない。このような発想を、例えば、あいれふのウェルネスストリートや健康教室の運営に取り入れ、健康文化に関連する参加的な試みを、健康づくりセンターとして、支援できないだろうか。 

 過去を振り返れば、あいれふの貴重なDNAがあるとしても、2009年時点において53もの都市がヘルスプロモーションに取り組んでいる韓国の元気な現状に比較して、今の福岡市で見るべきものは、何だろうか。去る12月11日の福岡市健康づくり財団設立15周年記念フォーラムで基調講演をしてくださった韓国の南先生や4名のシンポジストの皆様のお話は、多くの手がかりを含んでいる。また、福岡市のヘルスプロモーションを担っているのは、「あいれふ」だけではない。予防医学とは対極の治療医学を担う病院も、ヘルスプロモーションの場として、大きな可能性を持っている。過去だけでなく、現在でも福岡が韓国よりも先行している例として、南先生が以前指摘しておられたのが、ヘルスプロモーティング・ホスピタル、千鳥橋病院の例だった。日本で始めてのヘルスプロモーティング・ホスピタルが福岡市に誕生した事実は、韓国にも影響を与え、日本/韓国/台湾などを結ぶヘルスプロモーティング・ホスピタルのアジアでのネットワーク化も始まっている。

 健康を狭く捉えるなら、1990年代に積極的に推進された国の健康文化都市施策が、その後徐々に縮小廃止されると同時に、福岡市の健康文化都市施策も無くなった、と言える。しかし、福岡市健康づくり財団は1994年に設立されて以来、本年で15周年を迎えた。そのDNAは生き続け、発展を続けている。福岡市という場には、既に健康文化が花開いている。そのことを再認識することが、福岡市の健康づくりに関連して、次の発展の歴史を作ると考えられる。

Comments