WIFYは1998年6月に誕生した対話型の質問系列です。 当初は子どもたちの環境認識調査法として開発されました。 このWIFYが、韓国、延世大学のEun Woo Nam教授と高神大学のEun-Joo Jo博士により、 韓国、釜山市の大学生に適用され、その結果、K-WIFYが生まれました。 K-WIFYの特徴と、そこから明らかになった韓国の学生たちの物の見方・考え方が、 以下の論文に示されています。
原著: K-WIFYモデルを利用した韓国大学生の参加的健康教育効果 Eun Woo Nam, Eun-Joo Jo, 守山正樹 日本健康教育学会誌,Japanese Journal of Health Education and Promotion, 2007;15(1):19-32
要約本研究の目的は.現代の韓国に適用できる参加的な健康増進教育方法の開発,および同方法による働きかけの評価,である.検討の出発点として日本で使用実績がある対話誘発型の質問系列WIFYを用いた. 予備調査として,2004年9月始めに韓国釜山市のK大学で学生20名にWIFYを問いかけ,WIFYの特徴(①正解がない形での質問,②記入結果の参加的共有)への学生の反応を探った.さらに問いかけにおける健康への志向性を強めるべく,質問方法の改変を検討しWIFYを問いかける際の三つの前提条件中に健康を含める方法を考案した.出来上がった質問方式をK(Korea)-WIFYと命名し回答を書き込むワークシート(K-WIFYシート)を作成した. 2004年9月末にK大学の学生216名にK-WIFYを試行した.働きかけの時間は60-70分で,学生たちは教育の全過程に参加し①K-WIFY1.2.3の質問に対する回答の作成および自分自身の回答への説明と解釈,②K-WIFYシートによるグループでの対話と討論,③討議後の感想の記録,の順で進めた. K-WIFYl・2.3への学生の反応については,K-WIFYシートに記入された言葉をカテゴリー化した上で,主要な言葉の出現頻度と順位を分析した.討論後の効果については,同シートに記入された感想/説明を素材として2人の研究者が独立に内容分析を行い,判断が一致した187名での効果について,検定を実施した. 学生が健康と関連して重要に思う要素は19個のカテゴリーに分類され,自然,特別な場所,精神が上位に位置づけられていた.日常生活の観点(K-WIFY1)からは食生活および睡眠/休息が,地域的観点(K-WIFY2)と世界的観点(K-WIFY3)からは特別な場所と自然が,最も重要と位置づけられていた.対話と交流・討論後の教育効果につき,学生187人の判断は“効果あり”137人,“効果無し”41人,“どちらとも言えない”9人の順であった. 韓国の大学生を対象とするK-WIFYを利用した参加的健康増進教育は,健康に関連する生活上の重要要素を概念化する効果を示した.参加的な相互作用を通して,健康に対する観点の変化と拡大が達成された. キーワード:大学生,参加的健康増進教育,K-WIFYモデル,韓国
緒言大学生時代は,身体的,精神的な成長が進む青少年期を経て成人期に入ったばかりの時期にあたる.大学生時代の生活様式と保健行動は中・壮年期と老年期の健康管理に持続的な影響を及ぼすことが知られている1).青年期は健康の基本条件である生活様式と健康行為をより良い方向へと修正することができる可能性が大きい時期と考えられる2).健康を維持増進するためには健康に向かう行動の実践が先行すべきである.このような健康増進への志向性は,生活習慣病の罹患率が低く,基本的な健康状態が良好な青年期に確立するのが重要である.また大学生たちは未来の親とも位置づけられる.彼らへの健康教育の程度や健康に対する態度と実践は,未来の子供たちの保健行動に重要な影響を及ぼすと考えられる.この観点からも,元気で健康な生活習』慣が形成されるべきである. 大学時代は,飲酒と喫煙,性経験,有害食品,薬物,精神的ストレスなど,健康を障害する要因が現れやすい時期でもある3).健康に否定的な影響を及ぼす要因を最小化する一方,栄養状態,免疫状態,ストレス管理能力のような健康に肯定的に作用する潜在力を極大化させる必要もある. 韓国の大学生の実情を見る限り,健康増進に対する教育は,充分とは言えない. 大学生の健康に焦点を当てた研究は,近年増加の傾向にあるが,その大部分は大学生の健康増進行為や生活様式に影響を及ぼす関連要因を指摘する水準にとどまっている1,4,5).伝統的な健康教育方法は被教育者の価値観や信念を無視して新しい生活様式を強要する場合が大部分であり,健康の社会的政治的側面は看過されやすく,「人々が自ら自分らの健康の在り方を選択する」という参加的視点は無視されることが多かった.よって,健康教育の受け手が新しい生活様式を試して見ることをいったんは受け入れても,十分に納得して受け入れたわけではないため,直ぐに従来の生活様式に戻ってしまいがちであった.したがって,健康教育の受け手の価値観や信念を受け止めながら,健康行動を誘導することができる教育方法が提案されなければならない.以上のようなことを踏まえた上で,韓国における今後の健康教育方法は現実的接近を重視すべきであることが指摘される. 現実的接近は.「人々が積極的に自分の健康を作って行くことができる」という事実の共有から開始されるべきであろう.専門家と一般大衆間の両方向に意思疎通を図る“参加”を重視することにより,保健医療専門家が健康に有益な情報を一方的に提供する状況から脱し個人が持つその人らしい個性的な知識/意見/関心事/価値観に相応する多様な保健教育と健康増進活動を行うことが可能になる.「社会的,政治的,環境的要素を重視して社会的に形成されて来た価値体系」,「個人の生活や健康が特定の形態を取るようにする環境」「生活や健康に影響を与える政策の決定過程」および「実際の政策」といった要因は,たとえそれらが健康と直接には関連無く見えたとしても,潜在的には健康に影響を及ぼす,と指摘できる6,7,8).このような,現実の健康に影響を与えうる多様な要因に配慮できることも,現実的接近に期待されている. 本研究では上述した“韓国の健康増進教育における現実的接近への期待”に応えられるような教育方法を開発し,また評価することを目標とした.その出発点としては1998年に日本の守山らが開発したWIFY9)を用いた.
方法1.事前調査;新方法開発に向けたWlFYの見直し事前調査で取り上げたWIFYは守山らが子どもたちの環境観を探る試みを行う中で開発した対話誘発型の質問系列であり9),3種類の状況(日々の生活,地域,世界)をイメージした上で,基本となる質問「あなたにとって無くなったら困るものは何ですか?」が問いかけられる.WIFYは最初に中国語版が開発されており9,10),言語を超えての応用が容易であると予想されたため,本研究の出発点として採用した.韓国においては,WIFYのような参加的な健康教育の方法は,これまでに殆ど試みられていない.そこで,まず学生がWIFYの質問にどのように反応するかを探ることを目的に,筆頭著者であるEunWooNamが長年勤務し,またEun-JooJoが大学院生として所属する釜山広域市のK大学で調査を企画した. 1)対象 事前調査の対象は教養保健科目の受講者20名である.守山が開発したWIFY用紙と手順を韓国語に翻訳した上で,2004年9月始めに事前調査を実施した. 2)方法 事前調査では,20名の学生がWIFYに回答し交流する過程の概要を捉えることに主眼を置き,“観察”を調査方法として採用した.2人の研究者は独立に,学生の様子を観察し経時的に気づいた内容を短い文章で記録した.その後,別室で文章化した観察結果を交換し,ロ本での参加の事例を参考に,WIFYによる参加的な問題提起の進行段階を区分することを試みた. 3)観察結果の整理 WIFYによる参加的な認識の過程には以下の3段階があることが確認された. 段階1;WIFY1.2.3の三つの質問を問われた対象者(学生)は,胸の中にある様々な関心事を三段階でイメージすることにより,自分の生活から出発して自分が生きている世界へと思いをめぐらす.WIFYシート上に自らの理解を表現した上で,それを読み返して再認識するように促され,それにともなって,自分の生活世界への振り返りが起こる. 段階2;WIFYシートの記入欄はW1・W2・W3と下から上に向かって配列されている.この記入欄に書き込むことで,生活世界への認識と発見が図式化され,図中の矢印をたどることで,概念化が促進される. 段階3;WIFYシートの記入欄に記入を済ませ,図式化を完了した段階で,対象者は自分の生活世界への認識を再確認しそれへの感想やコメントを書くように指示される.この指示に従って自分のWIFYを見直す過程で,対象者はWIFYで順次問われた3種類の観点を,相互に関連させて考えることを学ぶ.また時間の許す限り,対象者は自分のWIFYと仲間のWIFYを見比べ,そこから話題を見つけて,対話するように言われる.自分の概念が他の対象者の概念と対比されることで,各人がより明確に自分の考えの特徴を知るようになる. 2.働きかけ手法(K-WlFY)の開発予備調査の結果,WIFYによる生活世界についての問題提起と参加的な概念形成は,韓国人の学生においても日本での場合と同様に進行することが,事例的に明示された.このような概念の形成作用は,健康という概念にも,当然当てはまると考えられる.しかしWIFY自体は,その過程で健康を敢えて意識化させるわけではない.WIFYはもともと対象者の環境観を明らかにすることを志向して開発されたものである.それをそのまま健康を増進させる手法として位置づけると,多少不足する部分が出てくる.その不足点を明らかにすべ〈,2人の研究者が独立にブレーンストーミングを行った結果,以下の2点が指摘された: (1)WIFYモデルではWIFY1・2・3で日常生活と地域,世界での重要なことを問いかける.よってWIFYであえて健康について問いかけるとすれば,それは四番目の問いかけとなる.しかし健康への問いかけが最後になることで,健康を増進させるための計画と教育の観点からは,問いかけの力が弱まることが懸念される; (2)WIFYを活用した後の感想と討論する内容として,あえて健康をキーワードに出さない限り,なかなか議論が健康に焦点を合わせて進むことは起こらない.応答者の感想内容が健康とは直接に関係しない日常的な重要事に向く傾向が現れてしまう.よって「健康と係わる大事なものの認識」,「健康に対する自分の認識の理解」,「相互作用による健康への認識の変化と拡大」のいずれを取り上げても,健康教育やへルスプロモーションとしては,不十分になる心配がある. K-WIFYは既存のWIFYと比べて以下のような特徴を持つ: (1)既存のWIFYでは,まず健康と直接には関連しないテーマ(生活や地域)を問いかけた後,最後の段階で改めて健康を考えさせるために、帰納的な接近法だと言える.一方,K-WIFYは最初の段階から健康と係わる大切なものを質問しそれを積み上げて,健康の考え方をより明確にして行くもので,質問構成は演鐸的だと言える; (2)既存のWIFYで健康までを問題提起とする場合,質問は4段階構成となる.一方,K-WIFYの質問は3段階構成で,より簡潔な構成となっている(図l); (3)既存のWIFYでは,日常的な視点からの質問(1生活,2地域,3世界)が個別になされた後,最後に日常的な視点を総合した上で,健康に関する大切さの質問がなされる.結局,“健康を(特に)意識しない状況”での問いかけを基礎として,その上に“健康を(強く)意識する状況”での問いかけが重なり,いわば二重に問いかけがなされることになる.学習者が質問内容を二重に把握して二重な回答をするために,問題提起は深まるが,その一方,健康増進に向けた直接的教育効果は弱まることが懸念される.一方,K-WIFYは常に“健康を意識する状況”において何が大切かが質問されるため.対象者は二つの状況において二重に返事をする必要はなく,健康を増進させるための教育効果は高い可能性が予想される. 3.本調査;K-WlFYによる働きかけの実施と効果検証1)対象 2004年9月,釜山広域市所在K大学の教養保健科目受講者に対し参加的健康増進教育の働きかけとして,K-WIFYを実施した.またK-WIFY実施の前後には,K-WIFYの効果を探ることを目的として,生活習慣・人間関係・環境観・健康観を含む健康関連認識調査を行った.K-WIFY実施の前週(9月16から18日)。授業時に行った健康関連認識調査(前)には,学生288名が参加した.K-WIFYの実施は,そのほぼ10日後,9月25日から10月1日にかけての授業時であり,230名が参加した.これら230名の学生は,K-WIFY実施に伴う交流やワークシートヘの記入の終了後,引き続いて健康関連認識調査(後)にも参加した.本研究では,K-WIFYと前後の健康関連認識調査の何れにも参加した216名を対象として,K-WIFYワークシートの記入事項を中心に分析を行った.なお,健康関連認識調査の結果はデータの量が膨大であり,またデータの質も,ワークシートからのデータが記述を中心とする質的なものであるのに対し健康関連認識調査は量的な結果が中心となっている.このような事情から,健康関連認識調査については,別途,報告を予定している. 2)方法としての働きかけ方 本調査では働きかけの方法として,K-WIFYの問いかけと記入欄を印刷したK-WIFYのワークシートを用いた(図2). 参加的健康増進教育に必要とした時間は60から70分である.参加的健康増進教育は以下の過程で進行させた:ステップ1,K-WIFYのワークシートにある3つの質問に回答する;ステップ2,ワークシートに書き込んだ自分の回答を自分自身で簡単に説明解釈する;ステップ3,ワークシートを用いてグループでの交流と討議を行う;ステップ4,交流と討議後のフィードバックとしてその場で感じた内容を記録し,説明と解釈を加える.進行過程で健康に関連して無くなったら困る大切なものを問うK-WIFYのイメージを連想させるためにナレーションを取り入れた.冥想用音楽を背景に録音した大学放送局アナウンサーの声によってK-WIFYの問いかけを進行させた. K-WIFYの各段階では,まずナレーションによるイメージの連想を行い,その後K-WIFYの一質問に対し3分間をとり,ワークシートヘの書き込みを行った.K-WIFYの-質問当たり5個のマス目のある記入欄をワークシート上に用意したが,書き込みに当たっては,“5個全部に記入するに至らない例”,また“5個の記入欄に5個以上の言葉を記入する例”も認めた.記入に際しては,思いつくことを自由に書くように指示した. ステップ2においては,ステップ1で本人が書き込んだK-WIFYをワークシートの下方から上方へと(すなわち1,2,3の順で)再度読んだ後,自分の記載内容に対して,簡単な説明と解釈を含む感想を記入するように,と指示し記入時間を5分間とした. ステップ3では,周囲にいる他の対象者と3~5人のグループを作るように指示したグループが作られたら,そのグループ内で全ての対象者のワークシートを回し読みした後,自由に質問と返事を行うようにうながし,自然な形で対話と交流が起きるように配慮した.対話と交流には20~25分を用いた. ステップ4では,対話と交流・討論の後に感じたことを記録し,それに対する簡単な説明と解釈も書くように指示した.記入に用いた時間は5分間であった. 3)結果への接近法 K-WIFY1・2.3の質問に対して得られた言葉,およびワークシートによるグループでの対話と交流の過程で現われた相互作用的な教育効果に対して,以下の順序で内容分析を実施した. (1)K-WIFY1・2・3で現われた健康に関連する重要な概念については,二名の研究者が記入内容を繰り返し読んだ後,表出された言葉の意味に対して試行錯誤的に分類を繰り返し,意味の似た言葉から成るカテゴリーを設定した. (2) (1)で得られたカテゴリー別に改めて言葉を分類しそこに含まれた言葉の数によってカテゴリーを順位づけた. (3)K-WIFYを用いたグループ別の対話と交流の後,健康に対する観点の変化を判定するため,“効果あり”,“効果無し”,“どちらとも言えない”の3分類を基準に,2人の研究者が評価者として独立に判定分類の作業を行った.対象とした216人中,評価者間の意見の一致を見たのは187人であり,評価者間の意見の一致度は86.6%だった. (4) (3)で判定分類作業を終えた健康増進教育の結果(健康に対する観点の変化)について,χ2乗検定を実施した.
結果1.対象者の一般的特性(表1)対象者の性別は男子が64人(29.6%),女子が152人(70.4%)であり,学年は1年生が62人(28.7%),2年生が62人(28.7%).3年生が37人(17.1%),4年生が55人(25.5%)であった.宗教別にはプロテスタントが215人(99.5%),カトリックが1人(0.5%)と全員がクリスチャンであったが,これは研究対象大学の入学条件がクリスチャンに制限されていたためである.健康状態は“とても良い”が19人(8.8%),“良い”が96人(44.4%),“普通”が90人(41.7%),“悪い”が10人(4.6%),“とても悪い”が1人(0.5%)であった.治療経験としては“最近6ケ月以内に入院,手術または1週間以上の投薬と治療を受けた経験がある”が40人(18.5%),“経験無し”が176人(81.5%)だった.性格は内向的が90人(41.7%),外向的が126人(58.3%)だった.自分が感じる家庭の経済状態は“上”が4人(1.9%),“中の上”が129人(59.7%),“中の下”が71人(32.9%),“下”が2人(5.6%)の順序であった.住居状態は自炊が28人(13.0%),賄い付き下宿が2人(0.9%),寮が27人(12.5%),親戚の家が5人(2.3%)であり,“両親と一緒”が153人(70.8%),“その他”が1人(0.5%)だった. 2.K-WlFYシートへの記入内容K-WIFYを問いかける過程で達成されたと考えられる健康の概念化に関連して,その内容を知るべく,ワークシートに記載された言葉を分類する作業を行った.対象者はK-WIFY1・2・3への段階的な応答を経て,繰り返し健康とかかわる重要事項をイメージすることになったが,その結果として各段階に多くの言葉が導出された.これらの言葉の分析に際しては,2人の研究者が意味の類似性に従って試行錯誤的にカテゴリー化を進め,結果として19のカテゴリーが見出された.一方,ワークシートを介した対話と交流後の観点の変化に対しては内容分析を実施し効果の有無に対して内容を把握した. 1)K-WIFY1・2・3に現われた健康に対する重要要素の概念化 毎日の生活と地域と世界的な観点で大学生が一番大事に思う健康要素の把握に努めた結果,K-WIFY1・2・3の記入欄には合計して,448種類,延べ3,252個の言葉が記入された.これらの言葉は19個のカテゴリーに分類された.カテゴリー別に含まれる言葉の種類の数によって,カテゴリーを順位づけると以下のようになる;特別な場所,精神,特別な品物,自然,ヒューマンリレーションズ,宗教,医療,食生活,運動,保健衛生,生活管理,学業,制度/機構,家族,睡眠/休息,経済,我が国,家,その他(表2). 2)K-WIFY1.2.3で分類した範疇の頻度と順位 全対象者216人より,K-WIFY全体(1・2・3の合計)で得られた延べ3,252個の言葉につき,カテゴリー別の出現語数を求めた結果が表3である. 1位が“自然”548個であり,以下,特別な場所(2位:477個),精神(3位:271個),ヒューマンリレーシヨンズ(4位:259個),食生活(5位:223個)と続いた.すなわち,生活と地域と世界を総合した観点から.韓国の大学生が健康に関連して最も大切に思う事項の第一は“自然”であり,また“特別な場所”,“精神”,“ヒューマンリレーションズ”であることが明らかになった.一方,健康づくり計画などで上位に取り上げられている健康行動と関連した要因に関しては,食生活(5位:223個),睡眠/休息(10位:124個),保健衛生(11位:119個),運動(12位:112個)など,表3の順位から見ると中間的な位置づけに留まることが明らかであった. 全体対象者の応答内容をK-WIFYの1・2・3別にカテゴリーの順位によって表4に示す. まず毎日の生活に関連したK-WIFY1を見ると,食生活(1位:197個),睡眠/休息(2位:121個),精神(3位:118個),ヒューマンリレーシヨンズ(4位:116個),家族(5位:105個)の順となり,健康行動を直接的に反映するイメージがK-WIFY1によって引き出されたことが示された(表4左側部分).次にK-WIFY2によって地域的な観点に着目すると,健康と係わる重要要素としては,特別な場所(1位:280個),自然(2位:172個),家(3位:111個),ヒューマンリレーシヨンズ(4位:99個),宗教(5位:94個)が登場した.すなわち,韓国の大学生が地域的な観点で重要に思う健康関連要素は,個人的な意味が付与された特別な場所,および環境的な要素である自然や家であることが明らかだった(表4中央部分). K-WIFY3により世界的な観点に着目した場合には,自然(1位:295個),特別な場所(2位:181個),精神(3位:117個),医療(4位:58個),我が国(5位:57個)が上位を占めた.すなわち韓国の大学生にとって,世界的な観点で重要である健康と係る要素は,自然および個人的な意味がある特別な場所,そして精神であり,K-WIFY1・2で中/下位圏にあった医療の要素がそれに続いていた(表4右側部分). 本研究の対象者を保健系と非保健系に分けて比べると,両者は共に健康と係わる重要な要素を“自然”,“特別な場所”,“ヒューマンリレーションズ”の順で認識しており,このようなキーワードの出現順序には,明らかな差は認められなかった. 3.討論後の教育効果集団討論後に現われた“健康に対する観点の変化”につき,効果の有無によって結果を以下の3個のカテゴリー(効果あり,効果無し,どちらとも言えない)に分けた後,χ2乗検定を実施した.216人の応答内容中,二人の評価者の評価が不一致であった29人については分析から除外し,評価が一致した187人を分析対象とした.全187人の応答中,137人(73.3%)の内容が“効果あり”,41人(21.9%)が“効果無し”,9人(4.8%)が“どちらとも言えない”と分類された.対象である学生を専攻別に保健系と非保健系に分けて比較すると,保健系に比べて非保健系での教育効果が高く,統計的に有意差があった(χ2=11.31,p=.003).保健系の場合,105人中の67人(63.8%)が“効果あり”,32人(30.5%)が“効果無し”,6人(5.7%)が“どちらとも言えない”と判断された.非保健系の場合,82人中の70人(85.4%)が“効果あり”,9人(10.9%)が“効果無し”,3人(3.7%)が“どちらとも言えない”であった(表5).
考察1.研究方法に対する考察本研究は韓国の大学生を対象として,その健康観を育てるためにK-WIFYを開発し,またK-WIFYによる参加的健康増進教育を実施しその効果を分析した. ①大学生時期の生活様式と保健行動がその後の人生に持続的な影響を及ぼすこと,および②大学生時期には保健行動を修正できる可能性が高く,健康な生活様式を定着させる可能性も高いと考えられたこと,の2点より調査対象を大学生とした.研究対象のK大学はキリスト教大学であるため,多様な宗教的/文化的背景を持った韓国の大学生全般を代表する集団とは言い難いという制限を持っている. 研究計画としては,本研究は単一群に働きかけたもので対照群を設定していない.従って今後の研究では,働きかけ群(実験集団)と対照群を設定し参加的な働きかけに関して,事前・事後,そして追跡までを視野に入れたより完成度の高い研究計画が必要とされよう. 著者の長年に渡る韓国での健康教育の経験から言えば,健康教育に割り当てられる時間は1回当たり45~150分である場合が多い.しかし本研究におけるK-WIFYを利用した参加的な健康増進教育では一回の教育時間が60~70分であり,所要時間が短いために活用しやすいことが指摘される.韓国で一般的に行われる健康増進教育では,一定時間を要する知識習得を通じて対象者の知識・態度・行為の変化を追い求めることを目的とする場合が多い.一方,本研究では,健康に対する“自分自身の振り返り”および“他の参加者との対話や交流”などの相互作用を通じ,健康増進に対する動機形成と力量強化を目的とした.本研究における所要時間の短さは,このような目的の差が反映したものであろう.本研究の限りでは以下の2点,すなわち①短時間に健康増進に対する動機形成と力量強化を果たすことが可能である,②場所/学習道具/準備物などが他の教育形態に比較して少なくて済む(K-WIFYシートとナレーションがあれば進行できる)において,K-WIFYを利用した参加的な健康増進教育は費用-効果的な方法であると言える. 2.研究結果に対する考察K-WIFYを利用した今回の健康増進教育では,大学生が認識する健康の重要要素を概念化した上で,その後の参加的相互作用(対話と交流)を経ることにより,健康への観点の変化と内的力量強化において教育効果が認められた.このような健康増進教育は,韓国でこれまで行われてきた伝統的な健康教育方法とは異なって,学習者の参加を前提とし,そこから健康に対する重要要素の概念化を導いている.3段階の過程を通じて,概念化の産物として数多くの言葉が得られ,それらは19のカテゴリーへと分類された.これらのカテゴリーに,いわゆる保健行動に関連した要因だけでなく,ヒューマンリレーションズ・特別な場所・宗教・精神・経済などが含まれていた事実は,健康という概念が潜在的に包含する多様な概念の全体像を示唆するものである. K-WIFYで得られた言葉は,その後の相互作用を通じて他者への理解の幅を広げることに役立ち,健康に対する観点の変化と拡大を促し,包括的な視野形成に寄与した.相互作用後の教育の効果は“効果あり”が73.3%と高値を示した. なお本研究では,学生を保健系と非保健系に分けたときの認識の差については,キーワードからさらに踏み込んだ検討を行うことができなかった.「医療の領域を,健康と係わる重要要素と判断できるか」に関して,保健系と非保健系で差が存在する可能性があるが,この点の確認は今後の研究に委ねたい.もし“健康の概念”が同じ大学の保健系と非保健系で異なるとすれば,そのような違いは“人に優しい医療/保健”の今後の発展と学生の自由な進路選択を考えたとき,望ましいことではない.健康増進と健康教育をもっとダイナミックなものにするようにとの提案11)も考慮した上で,保健系と非保健系の学生間で,教育的・参加的コミュニケーションを進めることが必要だと考えられる. 本研究の対象者は,毎日の生活で健康と係わる重要な要素(K-WIFY1)として,食生活・睡眠/休息・精神の順序で認識していた.一方,日本の鳥取県で行われた市町村等保健師夏期研修会の出席者に対してWIFYを問いかけた試み12)をみると,出席者は日常生活に係る重要な要素を食事,精神,睡眠の順序で認識していた.日本のS町の市民を対象にWIFYへの回答を二つの年齢層での事例によって対比的に示した試み13)では,毎日の生活と係る重要な要素として,70歳代は食生活,運動,睡眠,休息を,また40歳代は精神,食生活,睡眠/休息を挙げていた.本研究ではK-WIFYによって得られた言葉の頻度を示したのに対し,上述の日本でのWIFYの結果は事例的にしか示されていない.しかし,そこに現れた言葉を見比べる限り,韓国と日本とは国家的・社会的・文化的背景が異なるのにも関わらず,また問いかけの手法がWIFYとK-WIFYとでやや異なるにも関わらず,健康に関連する認識について類似性が明らかであることは興味深い. 本研究で対象とした大学生では宗教的な領域が全体順位で7位に位していたが,日本と中国で小学生にWIFYを適用した試み9)においては,宗教的な領域に対する言及が全く認められていない.これは本研究の対象者全員がクリスチャンで構成されているという宗教的特性に起因したものだと考えられる.一方,タイの学生にWIFYを適用した事例10)では,対象者の認識中に占める仏教の比重が高いことが示されている.今後,アジアの国でK-WIFYあるいはWIFYの試みを行うことにより,健康観に占める宗教的な要因の解明が進むと考えられる.
結論本研究では,日本で開発されたWIFYをモデルに,韓国で役立つ健康増進教育の方法論としてK-WIFYを開発し,また韓国の大学生を対象として効果検証を行った. 研究の対象者は韓国B広域市のK大学に所属する学部学生であり,216人がK-WIFYによる働きかけの対象となった. K-WIFYモデルを利用した参加的な健康増進教育研究の結果は以下の2点に要約される. (1)大学生が健康と関して-番重要に思う要素は,K-WIFYの1・2・3によれば19個のカテゴリーに分類され,全体としては,自然,特別な場所,精神の領域が最も重視されていた.毎日の生活の観点では,健康の形成に必要な食生活と睡眠/休息が,地域および世界的な観点では,個人に意味がある特別な場所と自然が最も重視されていた. (2) 討論後の教育効果に対する分析では,全187人の分析対象中,“効果あり”が137人(73.3%),“効果無し”が41人(21.9%),“どちらとも言えない”が9人(4.8%)だった.討論後教育の効果は保健系と非保健系によって統計的に有意差があり,非保健系学生が保健系学生に比べて討論後の教育効果が高かった(P=.03).K-WIFYモデルを利用した参加的な健康増進教育は,調査対象となった韓国の大学生の健康に対する認識を強化させ,対話に伴う相互作用の結果,健康に対する観点の変化と拡大化が達成された,と結論される.
文献1 ) Lee WJ, Ban DJ. Health Behavior in An University Students. J of Korean Health Education and Promotion 1999; 16 (2): 157-171. (in Korean) 2) Lee BK. Application of Problem Based Learning through the Simulation for the Students. Continuing Education 2001; 17 (1): 89-114. (in Korean) 3 ) Kim BK et al. Health Behavior in University Students. J of Korean Health Education and Promotion 2002; 19 (1): 56-57. (in Korean) 4 ) Cheon MY et al. Factor Analysis of Healthy Life Style of the Korean University students. J of Korean Health Education and Promotion 2002; 19 (2): 1-3. (in Korean) 5 ) Baik KS et al. A factor Analysis of Quality of Life the Woman University Students. J of Korean Health Education and Promotion 2003; 20 (2); 127-147. (in Korean) 6) Nam JJ. Health Promotion Strategies for the Health Center. J of Health Education and Promotion 2002; 17(1); 171-184. (in Korean) 7 ) Nam EW. Health Promotion and Non Smoking Policy in Korea. Promotion and Education, IUHPE 2003; 10(1): 5-6. 8) WHO. Sundsvall Statement on Supportive Environments for Health. Third International Conference on Health Promotion, Sundsvall, Sweden. 1991. 9 ) Moriyama M, Suwa T, Kabuto M, Fukushima T. Participatory Assessment of the Environment from Children's Viewpoints; Development of a Method and Its Trial. Tohoku J Exp Med 2001; 193 (2); 141-151. 10)守山正樹.WIFY生活の中から言葉を育て,生活世界の多様性を学ぶ.福岡:福岡大学医学部公衆衛生学教室,2002:1-40. 11) Moriyama M. Health promotion and education can be a more dynamic issue in Japanese local settings. Korean Journal of Health Education and Promotion 2001;3 (1): 9-20. 12)守山正樹,鳥取県市町村等保健婦夏期研修会出席者.専門家(保健婦)が,いったん普通の人に戻って考え始めたときに見えてきたもの-鳥取県での保健婦の方々との対話,自己組織化/ネットワーク化一.石井敏弘責任編集.地方分権時代の健康政策実践書,みんなで楽しくできるヘルスプロモーション.横浜:ライフ・サイエンス・センター,2001:132-141. 13)守山正樹.住民の立場から作り上げる目標値とは?,特集健康日本21に寄せて(l8I.週刊保健衛生ニュース2000;NO1083:10-14. (受付2006.3.27.;受理2006.10.6.) |